
| 海の中で、海がめやイルカや魚を追いかけて泳いでいると、いつの間にか時間を忘れて泳いでしまって、気がつけば泳げるようになっています。
プールの中で50メートル続けて泳げ、と言われても急には泳げません。どうしてなんだろう。不思議ですね。
でもそれは自分が他者の命とのつながりを求めて、ワクワクしながらやっているからかなという気がします。 海で魚を獲ったり、田んぼで機械を使わずにお米をつくると、とても体を使います。きついことです。 それはある意味、自分の命を使って、他者の命をいただくと言うことかもしれません。 でもそこで、魚やお米と対話しながら、自分と他の命がつながっていることを感じると、それはとても力になり、ワクワクします。 お父さんやお母さんは、自分の体を使って子供を育てます。それはある意味自分の命を削って、他者の命を育てることかもしれません。 子供のときはそんなことを感じないかもしれませんが、でも家で犬を飼っている人は、自分の体や時間を使って散歩に行ったりします。 それも同じことだ思います。 子供が成長していくと、あるいは犬が楽しそうに散歩をしているのを見ると、自分の命を削っているのに自分もうれしくなります。 人間は誰からか命令されたり、頭で考えているだけだとなかなか、自分の命を削って自分の命が輝いている、ということに気がつきません。 それには、耳を澄ませて自然からの声を聞いたり、他の生き物からの声を聞いたり、自分の体からの声を聞いたりすることで、 自分が全てのものとつながっていることを実感できて、命を輝かせることができるようになるのではと思います。そして、そのことが本当の生きる力につながっていくのではないかと思います。 日本の伝統や文化の中にはその声が聞こえるようヒントがたくさん隠されていました。それは姿勢であったり、言霊であったり、呼吸の仕方であったり、八百万の神への感謝であったのですが、今ではそのことは忘れ去られ、表層だけが残っています。しかし沖縄の、渡嘉敷のような離島では、わずかではありますがそのことが今でも残っています。私たちはそれをしっかり受け継ぎ子供や孫へ、更にその先の子孫へ繋いでいきたいと考えています。 私自身まだまだ多くを受け継ぎ、声を聞くことが十分ではありません。子供たちと一緒に生活する中で、一緒に声を聞いていき、自分の命も子供の命も輝かせたい、と思っています。 渡嘉敷島留学わらびや 坂田竜二 | ||